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 三太郎の日記は三太郎の日記であつて、その儘に阿部次郎の日記ではない。況して山口生によつて紹介されたる西川の日記が阿部次郎の日記でないことは云ふまでもない。此等の日記がどの程度に於いて私自身の日記であるか。此の如き歴史的の閑問題も、後世に至つて或は議題に上ることがあるかも知れない。併し現在の問題としては、自分は、自分が此等の文章の作者として、換言すればその内容の或者を自ら閲歴し、その内容の或者を自ら空想し、その内容の或者に自ら同情し――かくて此等の内容を愛したる一個の人格として、藝術的に全責任を負うてゐることを明言すればそれで足りると思ふ。

水を離れて魚の生てゆく道がないごとく、空気を離れて人間の生てゆく道がないのであります。したがって大阪人が、大阪精神を創成せんとするならば、まず新鮮な空気を吸うことなしに、それは可能であり得ないのであります。今日空気を売買しているのは炭坑であります。そこは空気を坑中奥深く送らなければ坑夫はみな窒息してしまうのであります。
 しかしわが大阪の空気は炭坑に比べて決してよいと言うことは出来ませぬ。大阪の空中の炭酸ガスの量は常に百分の五以上であり、その煤煙の量はまさに世界一であります。

 三太郎の日記第一は大正三年四月東雲堂から、三太郎の日記第二は大正四年二月岩波書店から出版されたものである。今この合本を出すに當つて自分は從來の兩書を絶版にする。自分は從來の兩書を此處に集めることと、それを絶版にすることを快諾された前記の二書肆に對して謝意を表しなければならない。今日以後三太郎の日記の唯一なる形としてこの書のみを殘すことは、自分の喜びとするところである。

 以前に淺見君と會つたのはこの二回位のもので、それ以後は發表された數篇の小説で、その手堅い平明な作風に接した譯である。
 淺見君の小説は、洗練された筆で自分の身邊のことを素朴に書いたものが多い。評論に筆をとつても、すべての言葉が、生活に根をおいた、平明な無理のないところから出て來てゐる。だから云はれてゐることが、すつかり心よくこちらの腹へはひる。そんな點では、僕は淺見君を文藝都市のなかでも、一番しつかりした人だと思つてゐる。しかし僕はその平明な境地の自由さに、心憎さも、そして幾分の不滿も持つてゐることを表明したい。これは最近殊に氣持に無理をしてゐる僕自身から出て來る注文かも知れないが、僕は淺見君を驅つてもつと不自由な無理のある境地へ追ひ上げたいと思ふものの一人である。